暗闇も案外悪くない

「この道はさすがにやばくないか?」

ハンドルを握る僕も難色を示さずにはいられなかった。
カーナビが示す方角は外灯ひとつとしてなく、僕たちの進む道は存在しないようにすら思えた。
九州一周旅行の1日目。
最初に泊まる宿は、鹿児島の霧島連山の山腹にあり、市街地を外れ、山の方へと走っていた。

「でも、カーナビ的にもグーグルマップ的にも、宿はこっちだ」

走っている車はひとつもなく、ただ暗闇だけが目の前にあった。

自分たちで選んだゴールはその先にある。

だから進むしかないのである。


「ゴールデンウィークは、車で九州を一周しようよ」

彼女がおもむろにした提案は、大胆で、かつ魅力的だった。

「いいね、行こう」

僕は二つ返事でそれに答え、車で九州一周するエキサイティングな計画を、GWの一ヶ月ほど前から二人で立てた。

南の鹿児島から、北の長崎まで。

車ですべての都道府県を巡るのだ。

そして今日は、その旅行の一日目だった。


今から遡って14時ごろ、僕らをのせた飛行機が鹿児島空港に着いた。

僕にとっては、初めて降り立った九州の地。

「南国やなぁ」

そこら中に立っているヤシの木も、うだるような暑さも、南国そのものだった。

これから始まる旅に期待が高まった。


空港の近くのレンタカーを借りて、僕らはまず桜島を目指した。

桜島は、活火山だ。

かつては島であったが、1914年の噴火により、鹿児島の対岸の大隈半島と陸続きとなった。


桜島を車で走ると、火山灰が窓ガラスに付着した。

どうやら火山活動の真っ只中だったらしい。

人気が何もなく、車を走らせても静けさが漂う。

不気味さすらあった。

そして、高台に登って沈む夕日を見た。

桜島
Photo by Shumpei Kikuchi

宿を目指して車を走らせた頃には、もう日が沈みかけていた。


そのまま30分ほどで辺りは完全に日が落ちた。

宿を目指すが、一向に近づく気配はなく、山の方へと向かう道は険しさを増す。

そして冒頭の暗闇である。


真っ暗だった。

それは、恐怖を感じる暗さだった。

街灯がないというのは置いといて、僕たち以外の車が走っていない。

本当に辿り着くのだろうか。

時刻は21時をまわり、いよいよ不安になってきた。

東京のホテルならまだしも、九州の田舎にある宿に、こんな時間にチェックインできるのだろうか。

「ここまで山奥の宿にしなくてもよかったんじゃないかな」

思わず不満が口に出てしまった。

「安いのにしてって言ったのは俊平でしょ」

この旅行の宿を取ってくれたのは、全て彼女の方だった。

僕は忙しい仕事を言い訳にし、宿の予約を全て任せてしまった。

「ごめん」

暗闇は人を不安にさせる。


僕は、僕らはなぜ暗闇を怖れるのか。

お化けが出るわけでもないのに。

殺人犯がいるわけでもないのに。

それは、見えないからだ。

未来が見えないからだ。

確信が持てなくなる。

自分が進むべき道はこっちで正しかったのか。

騙されたのではないか。

しかし、そういった恐怖とほぼ同時に、言わばある種の「高揚感」を、僕らは暗闇に感じ取ることができる。


そうしてたどり着いたのは、まさに秘湯の宿であった。

「おお、これはすごい…」

野々湯温泉である。

たしかにそこには、宿があった。

思わず安堵のため息が出た。

受付におばあちゃんを呼び出し、チェックインを済ませ、温泉へと向かった。


蒸し風呂(この世の終わりを感じるほどの静寂があった)に入りながら、僕は考えた。

宿にたどり着き安堵したのは事実だった。

しかし、僕は、少し寂しさも感じていた。

暗闇の冒険が終わってしまったのだ。

僕は、暗闇にとてつもない恐怖を覚えつつも、深い部分でそれを愛していたのだ。


これは、人生にも同じことが言えるかもしれない。

暗闇のない人生は、安心だろう。

明るくて先が見えているから、何が起こるか予想できる。

しかし、そこに高揚感やスリルはない。

気がつくと、僕らは明るい道を選びがちだ。

だからこそ時には、あえて暗闇を選ぶ勇気が求められる。

暗闇の先には、僕らが予想したことのない、特別な世界が待っているから。


そう考えると、暗闇も案外悪くないものだ。

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Photo by Shumpei Kikuchi
Photo by Shumpei Kikuchi
Photo by Shumpei Kikuchi
Photo by Shumpei Kikuchi
Photo by Shumpei Kikuchi

※訪れたのは野々湯温泉です。おすすめです。